心電計物語 -熱き憶い出-

はじめに

  • わが国における心電計の歴史はすでに75年近くになり、心電図検査は心臓病診断にはなくてはならない基本的検査法となっています。
    フクダ電子も故福田孝が1939年(昭和14)に創業以来、おかげさまで75周年を迎えます。心電計一筋に歩み、先生方に育てて頂いた会社であります。 これまでのお引き立て、ご愛顧に心から感謝申しあげます。
    今回、心電計のあゆみの一コマを書かせていただくことになりましたが、心電計のあゆみはそのまま「心電計の申し子」ともいえる会社のあゆみそのものであり、大変光栄に思っています。先生方のご苦労話、エピソードをまじえて、熱き憶い出をご紹介します。
  • 野口亮造氏の写真
    フクダ電子(株)
    元特別顧問
    野口亮造

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心電計は凄いヤツ

計測器では、再現性がデータの信頼性の一つの大きな目安になります。心電計では電極だけ、きっちりと装着すれば同じ波形が常に、再現されます。超音波診断装置も非常に優秀な検査機器ですがプローブの当て方によって撮影データが変化し、極めて検者に依存した検査法といえます。その点、心電計は誰が撮っても、簡単に同じ波形が得られるという大きな利点をもっています。これは、心電計の開発がしっかりとした電気生理理論に基づいていたことによるものです。データの信頼性、客観性があったからこそ、今日の心電図診断理論が確立されました。
心電計は簡便性、非侵襲性、客観的情報力に極めて優れ、ME機器の世界において100年に一回出るか出ないかの名器といえます。レントゲンと並ぶ20世紀における大発明でした。

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撮影式心電計の開発…臨床応用の始まり

  • 1934年(昭和9)頃、初めて心電計が試作されました。初期の心電計(写真1)はうまく心電図がとれなくて、大学病院でも、神棚に「今日はうまくとれますように」と祈ったそうです。
    このような戦前の揺らん期を経て、戦後の1947~1948年(昭和22~23)頃より開花することになります。その頃の心電計は一素子直流電源撮影式心電計でオシログラフペーパー上に光で記録し、現像するタイプでした。電池式で増幅器は真空管3本、可動鉄片型ガルバー、ゼンマイモーターといった極めて簡単なものでした。
    その後、差動増幅器を用いて交流雑音の除去対策をした交流式が出て、漸く、臨床応用の気運が高まって来ました。しかし、初期の頃には、交流対策のために、鳥篭のようなシールドルームの中で撮影しました。ところが、当時は故障が多く、先生方にも、ご自分でガルバーのミラーや患者コードを修理して頂いたことも、多々、ありました。また撮影後、現像したら、光がかぶっていて真っ黒ということも再々でした。このような手作り撮影の時代を経て、漸く、熱ペン直記式心電計が開発され、本格的な臨床応用への道が開かれていった訳です。
    1952年(昭和27)には技術向上を目的とした医学者、工学者、メーカーによるMEが協同しての心電計研究会が発足し、技術発展に大きな役割を果たしました。
  • 現存する日本最古の国産心電計の写真
    写真1:現存する日本最古の国産心電計

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熱ペン直記式心電計の開発…臨床検査としてルーチン化

  • 1951年(昭和26)福田孝はアメリカの直記式心電計を手本にして国産初の熱ペン直記式心電計(RS-1型)を試作。(写真2)直記式心電計はその場で心電図を記録ができる利便性に優れた器械でした。ところが、周波数特性が悪く、写真式に比較すると高周波領域を忠実に描く性能は格段に落ちていました。心電図のQRSが低くでたり、QRSの結節がなくなったり、Q波が浅くなったりしたものです。
    1957年(昭和32)頃より熱ペン式の周波数特性も徐々に良くなり、心電計の普及が始まりますが、初期には撮影式か熱ペン式かで学会で盛んに論議され、学位論文のテーマにもなりました。
    1960年(昭和35)頃には熱ペン式の周波数特性は50-60c/sまで伸びて、波形の忠実度が向上しました。周波数特性以外でも、ST-Tの波形に微妙な影響のあったカルバーのゼロ線復帰の問題、振幅特性、国産記録紙の問題等もありましたが、これらの問題を克服する為に先生方のご指導の下に、各メーカーが必死に研究を重ねてレベルアップしていったわけです。そうした努力の結果、熱ペン式の性能が向上し、本格的に熱ペン直記式心電計が病医院に普及して臨床検査としてルーチン化していくことになりました。
  • 交流電源熱ペン直記式心電計 RS-1の写真
    写真2:昭和26年国産初の交流電源熱ペン直記式心電計 RS-1

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心電計の天敵

交流電源式の問題点は交流電源の安定化と交流障害による交流雑音の除去が問題でした。特に、交流雑音は心電計の天敵ともいえるもので雑音を排除しながら、いかに正確な心電図波形をとりだすかが最大の課題でした。これは交流雑音を打ち消し合う差動増幅器の開発、高性能ハムフィルターの開発で解決しています。
先生方も心電図を撮る時に、ハム、ムスケル(筋電図)、ドリフト(基線動揺)でご苦労なさった経験が多々おありかとおもいます。シールドシートを敷いたり、ベットの位置を変えたり、不安がる患者を落ち付かしたりして、やっと撮れるといった状態でした。
ある時には、ノイズがなかなか取れないので調べてみたら、ペン先が浪花節をうなっていました。結局、放送局の近くで電波が強く、コードを介して電波が乗ってきたということでした。このように心電計の歴史はノイズという天敵との戦いだったともいえます。

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撮り方、読み方講習会の開催

1955年(昭和30)頃から医師会主催の心電図の撮り方、読み方講習会が開催されました。なにしろ、新しい検査法であり、先生方も心電図の読み方を早くマスターすることにご熱心でした。各大学の先生を講師に、診察を済ませた夜8時頃から始め、深夜に及ぶことが再々でしたが、毎回、参加者は、多数おられました。講師の先生方も、「草鞋履きの心電図普及」でご尽力頂きました。
医師会の先生方による心電図の住民検診、学童検診も活発に行われるようになりました。当時には、日本再建にかける先生方の熱い思いがほとばしっているように感じられました。

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軽量小型化への道

心電計の安定性、耐久性などの性能の向上と小型化、軽量化、低消費電力化の為に、トランジスタが積極的に採用されました。初期には品質のバラつき、温度による特性の変化、トランジスタの断線等問題が多かったのですが、FETが国産化されるに及んで飛躍的に半導体の品質、性能が向上しました。これを利用して1966年(昭和41)以降、本格的なIC心電計が出現することになるわけです。
トランスの代わりに、小型でハイパワーの安定化電源も採用され、心電計は一挙に超小型化、軽量化が実現し、性能も一段と優れたものになりました。この後、心電計はマイコン心電計へと発展していくことになります。

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マイコン心電計の開発

  • 1960年代(昭35)に米国で心電図自動解析は研究、実験され、ミニコンの進歩と共に実用化されました。1971年(昭46)わが国でも、先生方と技術者の永年の研究が実を結んで、健診に使用されるようになりました。当時はミニコンを使用したシステムでしたが解析精度にはまだ問題があり、専門医による読み直しを必要としました。
    コンピュータの技術の進歩はミニコンの性能に匹敵するマイクロコンピュータを産出し、1978年(昭53)IBM社がマイコン内蔵の自動解析心電計を発売、同年12月にはフクダ電子が国産初のマイコン心電計(FCP-30)を発売しました。(写真3)重量75kgの大型で、既成の心電計にマイコンを接続し、解析結果を打ち出すプリンタを付けただけの過渡的製品でしたが画期的だったといえます。
    その後、先生方のご指導の下にミニコンのソフトがマイコンに移植され飛躍的に解析精度が向上しました。ハード面でも一般の心電計にマイコンが組み込まれてデジタル化し、小型化が実現しました。レコーダも民生のサーマル技術の向上に伴ってサーマル機構が採用されるようになり、心電図波形と患者情報と解析結果が同時に記録できて、A4サイズにレポートされるようになりました。
    最近では、液晶も装着され、波形の表示、オペレーションに利用されて、一段と操作性がよくなりました。今では、一般心電計以上に普及し、大学、大病院でも使われるようになっています。
  • マイコン心電計FCP-30の写真
    写真3:1978年(昭53)我国で最初に開発されたマイコン心電計FCP-30

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心電図自動電送解析システムの開発

初期のマイコン心電計はハード、ソフトの技術の低レベル、解析プログラムの不備等で解析結果の誤謬が相当、現出しました。このようにマイコン心電計の解析精度に問題があって、どうしても、もう少し解析精度の高い性能と専門医による波形チェック(オーバーリーディング)の必要が出てきました。フクダ電子は早速、富士通のミニコンを使用し、一般の電話回線を利用してのオーバーリーディング機能付デジタル式心電図自動電送解析システムの開発に着手しました。
1981年(昭56)システム1号機(FCP-1000)が大阪府医師会推薦で大阪府医師協同組合に納品されました。通信方式をデジタル化して波形品質を向上させ、マイコンに勝る解析の信頼性とオーバーリーディング機能が特長でした。オーバーリーディングは関西医大と近畿大学附属病院で実施されました。約300台の端末器が設置され、24時間体制で運用され多大の成果を上げました。
医師会、大学、基幹病院が一体となっての大阪府医師会心電図自動解析委員会が設置され、心電図自動解析所見ガイドブックが作成されました。解析所見等を分かり易く解説した素晴らしいガイドブックで全国的に活用させて頂きました。大学との連携ということでは病診連携の初期モデルにもなった訳です。
1985年(昭60)には学童心電・心音図自動解析のオフラインシステムが付設、稼動してシステムの効率をあげました。その後、このシステムは鹿児島県医師会、岡山県医師会等の各地区医師会、金沢医科大学、島根医科大学、倉敷中央病院等の大学、基幹病院にも多数納品され、多大の業績をあげることができました。
今では、このシステムはマイコン心電計に代わりましたが、この技術やノウハウは将来、インターネットを使った心電図データネットワークシステムに生きて来るでしょう。

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自動解析の精度と信頼性

自動解析は医師の心電図判読と同様な方法を用いています。取り込まれた心電図波形は数値化され(A/D変換)、ノイズやドリフトを補正(前処理)。波形計測をして解析しています。
解析の精度と信頼性は雑音の除去と波形の認識、計測の精度によります。現在の解析精度はかなり上がって、健診では95%、臨床では80%位になり、正常範囲の診断は確定的と言ってもよい程になっています。数年経験の専門医と同程度の信頼性があると言われています。
国際標準ともいうべきCSEの波形計測用と、波形診断用のデータベースがあります。これを使って、世界各社の計測、診断精度が比較されています。日本からはフクダ電子が唯一これに参加していますが、解析精度はIBM社、テレメド社、HP社に比べて遜色がないと評価されています。
自動解析では「何故、このように解析されたか」という解析根拠が大切になります。フクダ電子では被検者別の所見の解析根拠を明確にする為に「解析ガイド」のプログラムを最近、開発し、マイコン心電計に搭載しています。自動解析のより一層の理解の一助となればと考えています。

解析機能付心電計 FCP-3610の写真
写真4:解析機能付心電計 FCP-3610

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おわりに

心電計の発達は民生用電子デバイスの進歩に依存する部分が多分にあり、特にコンピュータの導入でデジタル技術が発展し様相は一変したといえます。ただ、電極、ガルバー、解析プログラム等の固有技術、開発、生産上のノウハウがなければ出来なかったことも事実であります。今後もこの辺の技術が付加されて発展するものと思います。
更に、心電計は先生方のご指導の下に技術者が研究して、今日に至りました。今後も、臨床なしではMEはありえないので、どうしても先生方のご指導が必要になります。
高齢化社会になり、益々日常生活における心電図による管理も必要になってきます。その為に、ワンチップ化による超小型の心電計も開発されると思います。心電図ファイリング技術を応用した電子カルテも、どんどん、普及して来ることでしょう。
こうした心電計の発展の中で、フクダ電子は専業メーカーの技術を生かして、ME機器で医療に貢献したいと念願しています。今後共、先生方のご指導、お引立てをよろしくお願い致します。
今回は「さわり」のみの記述で分かりにくかったことと思いますが、何卒、ご了承いただきますようお願い申し上げます。ご精読ありがとうございました。

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主な参考文献

  1. MEのあゆみシリーズ「心電計」長尾透著
  2. 「創業への挑戦」-心電計と共に半世妃-福田孝著
  3. MEのあゆみシリーズ「心電図自動解析システム」岩塚徹編
  4. Heart&Wellness「自動解析付心電計の上手な使い方」

1,2,3,4共(株)エム・イー・タイムス発行

※この記事は大阪府医師協同組合の「医師協タイムス」に「心電計のあゆみ」として掲載されたものです。(一部加筆)

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