2026年9月8日

【プロジェクトチームインタビュー】
目には見えない波形の変化を捉えて隠れ心房細動のリスクを推定する
AI技術搭載の心電計開発で心電図検査は新たな時代へ

脳梗塞は、要介護になる原因の第2位となっており、介護度が高い要介護4、5では、その原因の第1位となっています。脳梗塞の原因のひとつである心房細動は、従来の心電図検査では発作時の波形を記録することが難しく、既に心房細動を発症していても診断に至らないケースが少なくありませんでした。AI時代を迎え、国内の心電計のリーディングカンパニーとしての使命を担い、フクダ電子ではAIによる発作性心房細動(PAF)リスクの推定に挑みました。

心電図検査で隠れ心房細動のリスク推定はできるのか

―― 国内における心電計のリーディングカンパニーとしてAIに着目した経緯を教えてください。

澤田:近年の心電計は、フクダ電子(以下、当社)が初の国産心電計を開発して以降、さまざまな技術革新を経て、その解析精度は非常に高い水準に達しています。一方で健康診断など、短時間の心電図検査では発見しにくい“隠れ心房細動”が日本の医療課題として2010年頃から注目を集めるようになりました。AIの技術が進歩し、医療分野においてもその技術の活用が注目されているなか、当社ではAIを適用することで心電図解析の精度向上を目指す予備実験を行いながら、これまでにない付加価値を持つ製品開発の可能性を模索していました。


澤田 フクダ電子株式会社 品質保証本部

呉:私は当社で約20年間超音波診断装置の開発に携わった後、2018年から関心を持っていたAIの研究に着手し始めました。当時、社内でAIの研究を行っている社員がいなかったこともあり、AI処理の作業に必要なGPUを搭載したパソコンを調達するなど、自ら開発環境を整えていきました。すでに医療の分野でもAIの開発は進んでおり、ディープラーニングによるAI解析機能を持つ内視鏡、CT、X線などの画像検査装置では活用が進んでいました。これは、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の画像学習の精度が人による画像評価の精度よりも優れていたことが大きかったと思います。

心電図へのAI活用についても、当時既にいくつかの論文が発表されていました。ただ、画像検査とは異なり、心電図検査で得られるのは時系列データです。そのため、画像処理と同じCNNモデルを使っても、精度が低くモデルサイズが大きいなど、既存の心電計への実装を目指すうえで避けては通れない課題がありました。

そのなかで、心電図の時系列データを画像に変換すれば、CNNで特徴量を抽出できるのではないかというアイデアが浮かびました。この発想に至ったのは、私自身が長年超音波診断装置の開発に携わり、画像処理や信号処理の技術を持っていたことが大きかったと思います。そこから、12誘導心電図の時系列データから1枚の画像データを作成する技術の開発に取り組みました。画像化したデータを畳み込みモデルに入れてAIに学習させ、さまざまなアルゴリズムを検討しました。画像化によってモデルも小型化できるとともに、より多様な特徴を抽出することによる解析精度の向上も確認でき、実装に向けた重要な課題を克服することができました。これにより既存の心電計のハードウェア変更なしにAI解析を搭載できます。2019年2月にこの技術の特許を出願し、2023年6月に取得済みです。


呉 フクダ電子株式会社 イノベーション推進部

後藤:心機能の低下に伴って心房にリモデリングが起こり、そこに何らかのトリガーが生じることで心房細動を発症します。心房のリモデリングによる変化は早期に心電図に現れているのですが、波形の変化が微小なため人の目ではほとんどわからないのです。AIでこの微小な変化をとらえることで、隠れ心房細動、つまり検査時には発作が起きていない心房細動のリスクを推定することが可能になります。


後藤 フクダ電子株式会社 イノベーション推進部

―― AMED研究への参加の経緯について教えてください。

澤田:2018~2019年にかけて、社内で繰り返しAI解析に関する予備実験を行ったことで心電図への適用が可能なこと、画像化した心電図をAIに深層学習させることによる精度の高さも確認でき、私たちは十分な手ごたえを感じていました。そんな時に募集されたのが日本医療研究開発機構(以下、AMED)による医療機器の基盤技術開発プロジェクトでした。研究開発代表者である東京医科歯科大学(現:東京科学大学)の古川哲史教授(当時)から「インテリジェント心房細動予防・検出インフラの構築」をテーマとする研究への参画を打診されたときは「絶対にこのタイミングを逃してはいけない」と感じました。

AMED研究は大きな規模のプロジェクトとなるため、社内ではこの研究への参加に対して慎重な意見もありました。しかし、当社が医療AIの分野を主導していくためにもAMED研究への参加は大きなチャンスだと考え、粘り強く議論を重ねることで研究参画の社内承認を得るに至りました。

実際、当社の持つ心電図の前処理技術と深層学習のアルゴリズムであるCNN技術を組み合わせることで実現した、“高精度”で“軽量”なAIモデルは、AMED研究を進めるうえで大きな強みとなりました。臨床で求められる機能性能を満たしていたことで、大学との共同研究において当社の技術が採用されたのです。

AIの特徴とユーザビリティを追求した製品仕様

―― AMED研究後の製品化はどのように進めていったのでしょうか。

澤田:AMED研究終了後は、当時開発本部長に就任して間もない小川常務の強力な後押しもあり、製品の早期上市に向けてチームが一気に動き出しました。製品化にあたっては、AIモデルの最適化や製品仕様の決定、薬事申請に向けたPMDA相談などを同時並行で進めていきました。AI心電計という過去に例のない新製品でしたが、チームで協力し合ったことで、短期間での製品化、上市が実現したと思います。

野澤:私はAIモデルを搭載する前の製品であるFCP-9900のハードウェアを担当していたこともあり、FCP-9900Aiの製品開発を担当しました。通常、製品開発では社内の開発プロセスのルールに則って検証や妥当性の確認を行います。AIモデルを搭載した製品開発は当社にとって初めてだったことに加え、開発プロセス自体にもいくつか大きな変更があり、一つひとつクリアしながら進めていくのは大変でした。


野澤 フクダ電子株式会社 第1開発部

服部:FCP-9900Aiの製品仕様では、PAFリスクの推定機能を臨床で使いやすくするために、出力方法も工夫しています。一般的な心電計は、異常波形の有無、つまり陰性か陽性かのどちらかで結果が表示される仕様ですが、FCP-9900Aiの画面では複数のカットオフ値を設けて、4段階に分けました。これは製品のアドバンテージを臨床で最大限に活用するためです。この技術は呉さんにより2024年6月26日に特許出願済みです。


服部 フクダ電子株式会社 ソフトウェア開発部

澤田:心電図検査を行う急性期病院と地域のクリニックでは患者層も異なり、健診専門クリニックは、健康な人を対象にしています。カットオフ値を複数設けることで、心房細動の有病率が異なる医療機関でも使い分けることができるようにすることを狙いました。たとえば、PAFリスクが高い場合には、「ホルター心電図を強く推奨する」というメッセージを表示することで、医師の診断をサポートします。

野澤:製品化にあたっては、想定するユーザが実際の使用環境において安全に使用できるかどうかというユーザビリティの観点も非常に重要になります。心電計の基本的な使い方はすでに浸透していますが、FCP-9900AiはPAFリスクを推定する新機能を有するだけでなく、その結果の表示方法も4段階とし、医師の診断を適切にサポートするという新たなチャレンジだったこともあり、とくに現場での評価を重視しながら開発を進めていきました。

製品化に向けた薬機承認の壁

―― 国内初のAi搭載モデルの心電計となりますが、承認申請を行ううえで難しかった点はありますか。

羽田:心電計は認証基準があり、通常は認証機関より認証を取得することで製造・販売が可能になります。しかし、AIモデル搭載の心電計は国内初だったこともあり、FCP-9900Aiは臨床データをもとにしたPMDAへの承認申請が必要でした。AIモデル搭載の医療機器の承認申請は初めての経験で、知見がないなかで申請のルールをAIモデル搭載の心電計に当てはめて資料を作成していかなければならなかったのが苦労した点でした。


羽田 フクダ電子株式会社 国内薬事管理部

服部:正直なところ、薬機承認の申請にどんな書類が必要なのかもわからないところからのスタートでした。今、振り返っても学ばなければならないことが多く、本当に大変でしたね。ただ、一度経験したことで、当社としても個人としても学んだノウハウは今後に活かせると思います。

羽田:私は国内の薬事担当者として、PMDAの意見や要求を社内に伝えたうえで、申請に関する疑問点等をPMDAに確認するという橋渡し役を務めました。AIの技術や臨床のことを自分でも理解しながらPMDAの担当者とコミュニケーションをはかっていくことの難しさも感じました。

後藤:PMDAとの相談は複数回にわたりました。専門的かつ臨床での経験をもとに話をする必要がある場合には東京医科歯科大学(現:東京科学大学)の古川教授や笹野教授にも同席していただきました。PMDAからの質問に対する回答は、時間をかけてチームで話し合いながら進めましたが、当時はコロナ禍でリモートが推奨されていたこともあり、画面を通じて2~3時間話し合ってもわずか2項目しか話し合いが進んでいないということもありました。

野澤:PMDAには実際に承認申請を行う前から相談に応じてもらっていました。その点はチームでかなり綿密に相談しながら進めていけたと思います。それが今回の早期の承認申請につながったと思います。

後藤:ただ、当初の申請内容ではPMDAが求める基準を満たすことができず、AIモデルの検証のために新たな臨床評価が求められました。複数の医療機関の協力を得て、朝から晩までサーバー室にこもり、1~2週間という短期間でデータを収集しました。

呉:PAFを推定するAI心電計は過去に前例がなかったため、PMDAとの相談や照会事項の対応などで、大きな苦労がありました。また、その過程で実施した臨床研究では、臨床で必要とされる解析精度を目標に綿密なデータ収集計画を策定し、外部検証の結果をもとに統計解析を行ったうえで信頼性と再現性を証明することが必要でした。データを収集している間、これまでに経験がなかった統計解析を猛勉強して、収集したデータをもとに臨床評価報告書を作成しました。不安な気持ちが強かったこともあって準備は入念に進めました。

澤田:その点は、当社開発メンバーの気質である、丁寧に正攻法で物事を進めていくという”真面目さ”が良い結果をもたらした大きな要因だと思います。現場には相当な負担がかかりましたが、要求事項には真摯に対応するという姿勢で臨んだことで、途中の苦難は多々ありましたが、比較的スムーズに承認まで進んだのではないかと思います。

臨床現場で高リスク推定をきっかけにPAFを発見

―― 承認が下り、国内初のAI搭載モデル心電計を現場に届けたときはどのような気持ちでしたか?

澤田:呉さんの研究から始まり、製品仕様の策定や臨床評価、PMDA相談、薬機承認まで、多くのメンバーのチーム力が発揮されたことが早期の上市につながったと思います。「1日でも早く製品化しなければ」という我々の思いが現実のものになったことを実感しました。

後藤:FCP-9900Aiの上市以降、多くの医療機関からお声をかけていただきました。実際にPAFリスクが高いと推定された患者さんにホルター心電図検査を行ったところ、心房細動が見つかったという話を聞いたときには、「この製品を開発して本当によかった」と感じました。

澤田:当社はこれまで国内のリーディングカンパニーとしての使命を持って心電計の開発を行ってきましたが、今後競争がさらに激化することが見込まれるAIを活用した心電図検査の分野でも先陣を切ることができたのは、大きな意味を持つことだと思います。ただ、医療の分野ではまだまだ多くの課題があります。データの活用はもちろんですが、医師が見てもわからない非発作時の兆候をAIで見つけるという新しい技術を得たこと、医療現場でのリソースを有効活用するためのAI活用など、さまざまな展開を見据えてこれからも研究開発に注力し、製品化を実現していきたいと考えています。

※厚生労働省:2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況 Ⅳ 介護の状況(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/05.pdf
※取材日:2026年5月27日

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