バイスタンダーとは、事故や急病の現場に居合わせた人を指します。心臓や呼吸が止まった人の救命では、救急隊が到着する前に居合わせた人が動けるかどうかが、その後の生存率を大きく左右します。しかし、いざ救急の現場に直面すると、何をすればよいか分からず動けない人も少なくありません。
当記事では、バイスタンダーの役割や119番通報の手順、一次救命処置の進め方を順に整理します。目の前の命を守る行動を知るきっかけとして、当記事をぜひ参考にしてください。
目次
1. バイスタンダーとは
バイスタンダーとは、事故や急病など救急の現場に居合わせた人を指します。心臓や呼吸が止まった人の命を救うには、救急隊が到着する前のバイスタンダーによる対応が欠かせません。救急隊を待つ数分間に、119番通報や心肺蘇生、AEDの使用といった応急手当を行えるのは、現場に居合わせた人だけです。
家族や同僚、通行人など、だれもが突然バイスタンダーになる可能性があります。救急の現場で落ち着いて行動できるよう、日頃から役割を知っておくことが、目の前の命を守る第一歩になります。
2. バイスタンダーの救命における重要性
心停止した人を救えるかどうかは、救急の現場に居合わせたバイスタンダーの初期対応に大きく左右されます。救急隊の到着までには数分かかる一方で、心停止後は時間の経過とともに救命の可能性が下がるため、救急隊が到着する前に行う119番通報や心肺蘇生が、命をつなぐポイントとなります。
ここでは、バイスタンダーの行動が救命で重視される理由を説明します。
2-1. 救急隊が到着するまで時間がかかる
救急車は、119番通報を受けてから現場に到着するまで、全国平均で約9.8分かかります。出動件数は2024年に過去最多を更新しており、救急隊を待つ「空白の時間」は必ず生じます。
救急隊が到着するまでの数分間に、現場に居合わせた人が応急手当を始められるかどうかが、救命の可能性を大きく左右します。
2-2. 災害が起きたときは自主救護が求められる
大規模な災害が起きたときは、救急車に頼れない場面が増えるため、近くに居合わせた人どうしで助け合う自主救護が求められます。震災や風水害では多数のけが人が同時に発生し、平常時のように救急車がすぐ駆けつけられないためです。
日頃からの備えとして、近所の人に協力を求めやすい関係づくりや、事業所での組織的な救護計画の作成、止血用品などの応急手当用品の準備などをしておきましょう。同時に、バイスタンダーになったときの心構えをしておくことも大切です。「自分たちの生命や身体は自分たちで守る」という考え方と、平常時からの準備が、災害時の救命につながります。
2-3. 心肺蘇生の有無で生存率が大きく変わる
心肺蘇生を行うかどうかで、心停止した人の救命の可能性は大きく変わります。心停止後は時間とともに救命の可能性が下がりますが、救急隊の到着前に心肺蘇生法を行ったりAED(自動体外式除細動器)を使用したりすることで、生存率を押し上げられます。
総務省消防庁によると、2024年に心原性の心肺機能停止が一般市民により目撃された傷病者27,769人のうち、半数以上の16,728人に一般市民による応急手当が行われました。応急手当が行われた方の1か月生存者の割合は15.3%だったのに対し、応急手当が実施されなかった場合は7.9%まで落ち込みます。
早い段階で応急手当が行われるほど、救命の可能性は高まります。
3. 要救助者が出たときのバイスタンダーの役割
要救助者が出たときのバイスタンダーの主な役割は、119番通報と一次救命処置の2つです。落ち着いて119番に通報し、必要に応じて胸骨圧迫やAED(自動体外式除細動器)を行うことで、救命の可能性は高まります。
ここでは2つの役割について、具体的な進め方を順に説明します。
3-1. 119番に通報する
119番通報では、最初に「救急であること」と「救急車に来てほしい場所」を伝えましょう。救急車は住所が分かった時点で出動するため、場所を早く正確に伝えるほど到着が早まります。
通報すると指令員が出動に必要な情報を順番に質問するため、慌てず落ち着いて答えれば問題ありません。伝える内容と順番は次の通りです。
| 1 | 救急であること |
|---|---|
| 「救急車が必要です」とはっきり伝えましょう。 | |
| 2 | 来てほしい住所 |
| 住所が判明した時点で救急車が出動します。住所が分からないときは、近くの大きな建物や交差点など、目印になるものを伝えてください。 | |
| 3 | 具合の悪い人の詳細 |
| 誰がどうなったか、意識や呼吸の有無を伝えます。年齢や性別の詳細が分からないときは分かる範囲の内容を伝えるだけでも構いません。 | |
| 4 | 通報者の名前と連絡先 |
| 折り返しの確認があったときに備えます。 | |
通報内容から指令員が必要と判断したときは、救急車の到着前に応急手当の方法を口頭で指導します。指示に従い、できる範囲で手当を行いましょう。
3-2. 一次救命処置を行う
一次救命処置とは、心停止した人に胸骨圧迫やAEDを行い、命をつなぐ手当です。まず安全を確認し、倒れている人の反応と呼吸を確かめた上で、心停止と判断したらすぐに胸骨圧迫を始めます。
| 1 | 周囲の安全確認 |
|---|---|
| 自分が二次被害に遭わないよう、安全を確かめてから近づきます。 | |
| 2 | 反応の確認 |
| 肩を軽くたたき「大丈夫ですか」と声をかけて反応を見ます。 | |
| 3 | 応援要請 |
| 反応がなければ、周囲の人に119番通報とAEDの手配を頼みます。 | |
| 4 | 呼吸の確認 |
| 胸と腹の動きを見て、普段どおりの呼吸がなければ心停止と判断します。 | |
| 5 | 胸骨圧迫 |
| 胸の中央(胸骨の下半分)を強く速く圧迫します。 | |
胸骨圧迫を行うときの主なポイントは次の3点です。
- テンポは1分間に100~120回
- 深さは胸が約5cm沈むまで(6cmを超えない)
- 1回ごとに胸を完全に元の位置まで戻す
人工呼吸を行う技術と意思がある場合は、胸骨圧迫30回と人工呼吸2回を繰り返します。AEDが届いたら電源を入れ、音声に従って電極パッドを素肌に貼ります。AEDが心電図を解析する間は倒れている人から離れ、「ショックが必要です」と音声が流れたら、誰も触れていないことを確認してショックボタンを押します。電気ショックの後は、ただちに胸骨圧迫を再開しましょう。
救急隊に引き継ぐまで、胸骨圧迫とAEDを絶え間なく続けることが、救命の可能性を高めます。
4. バイスタンダーには法的責任はある?
バイスタンダーが善意で応急手当を行った場合、悪意や重大な過失がない限り、法的責任を問われることは原則ありません。
義務のない第三者が他人の急迫の危害を避けようとする行為は、民法第698条の緊急事務管理に当たります。緊急事務管理では、悪意または重大な過失がなければ、生じた損害の賠償責任を負わないとされています。刑事面でも、人命を救うためにやむを得ず行った行為は、刑法第37条の緊急避難に当たると考えられます。
責任を心配して手当をためらうよりも、できる範囲で行動することが、目の前の命を守ることにつながります。
5. バイスタンダーになった人の心理的負担
救命処置に関わったバイスタンダーは、強い精神的ストレスを感じることがあります。他者の生死に直接かかわる体験は心理的な負担が大きく、自責の念や不安が後に残りやすいためです。
心停止のような緊急の場面は突然訪れ、心の準備をする時間がありません。また、どれだけ適切な処置を行っても、心停止の原因や処置を始めるまでの時間によって、助からないケースもあります。その結果、「自分の対応が結果に影響したのではないか」「もっとできることがあったのではないか」と考え、強い不安や後悔を抱える人も少なくありません。具体的には、その場面を繰り返し思い出す、眠れない、現実感がない、気持ちが落ち込む、などの症状が現れるケースがあります。
ストレスを感じること自体は自然な反応です。症状は時間とともに和らぐことが多い一方で、自覚のないまま負担が続くこともあるため、バイスタンダーになった場合は自分の心の状態に気を配ることが大切です。
5-1. バイスタンダーになってストレスを感じたときのケア方法
救命処置の後にストレスを感じたときは、一人で抱え込まず、信頼できる人や専門家に頼りましょう。気持ちを言葉にして共有することで負担が和らぎ、回復の助けになります。
まず知っておきたいのは、つらい気持ちが出ること自体は当たり前で、自分だけではないという点です。また、自分でできる対処法として、以下のことを試してみましょう。
| 友人や家族に相談する | 信頼できる人に今の気持ちを話し、一人で抱え込まないようにします。 |
|---|---|
| 外出して気分を変える | 散歩や友人と会うなど、自分が楽しいと思える行動が心の健康を助けます。 |
| 経験者と話す | 同じように救助を経験した人と話すことで、気持ちが軽くなる場合があります。 |
| マインドフルネスを試す | 過去や未来ではなく、「今この瞬間」に意識を向ける考え方を身につけます。 |
症状が2週間以上続いたり、仕事や学校など日常生活に支障が出たりするときは、医師や心理の専門家に相談しましょう。利用できる相談窓口は、消防やNPOなどにも設けられています。対処法を知っておくことが、安心して救命の現場に向き合う支えになります。
6. バイスタンダーへのサポート体制
バイスタンダーへのサポート体制は、消防やNPO、自治体によって整えられつつあります。近年は心のケアにも目が向けられ、支援の幅が広がっています。ここでは、バイスタンダーへのサポート体制として、相談窓口、講習やAEDの情報提供、保険による補償の3つを順に説明します。
6-1. 消防署やNPOによるサポート窓口
バイスタンダーは、消防やNPOが設けた相談窓口で、応急手当後の不安や心のケアについて支援を受けられます。救命処置の経験は強いストレスを伴うことがあるため、専門職へ速やかにつながることができる状態が整えられています。
たとえば奈良市消防局は、救急隊が現場で「感謝カード」を手渡し、QRコードからストレス状況を簡易に確認できる仕組みを整えています。心身の不調について相談したい場合は、まず救急課の職員に一次窓口として話ができ、必要に応じて保健師などの専門職にもつながることができます。各NPO法人でも、心理的ストレスへの対処法を伝える窓口を設置しています。
1人で抱え込まず、身近な消防やNPOの窓口を利用することが、心の回復につながります。
6-2. 救命処置講習やAEDについての情報提供
救命処置やAEDの正しい情報提供も、バイスタンダーを支える取り組みの1つです。救命処置の手順を事前に知っておけば、いざというときに落ち着いて行動できます。
一次救命処置の手順やAEDの使い方は救命講習で学べるほか、消防やAEDメーカーのWebサイトでも動画教材が公開されています。AEDは音声ガイダンスとメトロノーム音で、胸骨圧迫のテンポ(1分間に100~120回)や電気ショックの要否を案内し、初めて処置をする人を助けます。電気ショックは、AEDが必要と判断したときしか作動しない仕組みとなっており、119番通報をすれば通信指令員から口頭で指示を受けられるなど、処置のハードルを下げる工夫がなされています。
事前に応急処置の手順やAEDの使い方を確認しておくことが、経験がなくても行動できる自信につながります。
6-3. バイスタンダー保険による補償
バイスタンダー保険とは、応急手当に伴う感染や損害賠償といったリスクに備える補償制度です。誰もが安心して救護に踏み出せるよう、応急手当による不利益を補う目的で設けられました。
東京消防庁は、第31期救急業務懇話会の提言を受け、2015年9月からバイスタンダー保険制度を運用しています。対象は、東京消防庁の救急隊が出場した都内(島しょ・稲城市を除く)の現場で応急手当を行った人です。応急手当でケガや血液に触れて感染の危険が生じた場合や、心肺蘇生に対して損害賠償を提訴された場合などが補償されます。死亡、後遺障害、入院、通院、感染検査、法律相談など8種類の見舞金が、要件を満たせば定額で支給されます。
補償の仕組みを知っておくことで、ためらわずに救護へ踏み出しやすくなるでしょう。
7. バイスタンダーによる救命の事例
バイスタンダーによる救命は、特別な場所ではなく日常のあらゆる場面で起きています。公衆浴場やスポーツの現場、自宅など、誰の身近でも心停止は起こりえます。
ここでは、居合わせた人や家族の早い行動で命が救われた5つの事例を紹介します。応急手当が結果を大きく左右したことが、いずれの事例からも分かります。
7-1. 公衆浴場で倒れた方を救命した事例
公衆浴場で意識を失った女性が、その場に居合わせた人たちの手当で命をつないだ事例です。湯船で女性が突然意識を失い、入浴客と従業員がすぐに洗い場へ運び出しました。呼吸も脈も確認できなかったため、119番通報で電話越しに心肺蘇生のやり方を教わりながら、胸骨圧迫を続けました。やがて女性の体が動き始め、救急隊が着いたときには呼吸も脈も戻っていました。早い判断と、指示に従った手当が命を救いました。
7-2. 友人に応急手当を施した事例
スケートリンクで突然倒れた男性が、一緒にいた仲間の手当で助かった事例です。アイスホッケーの練習中に男性が倒れ、仲間が急いで氷の上から安全な場所へ移しました。チームメイト2名(うち1名は医師)が確かめると、呼吸も脈もありません。すぐに胸骨圧迫を始め、駆けつけた救急隊が電気ショックを行うと、現場で呼吸と脈が戻りました。倒れた直後に動き出せたことが、回復につながりました。
7-3. 野球をプレイ中に意識を失った子どもに応急手当を施した事例
野球の練習中に倒れた10代の男性が、指導者と仲間の連携で救われた事例です。プレー中に男性が突然倒れる様子を、指導者と複数の生徒が目撃しており、すぐに「心臓が止まっているかもしれない」と119番通報をしながら胸骨圧迫を始めました。同時に、近くの公民館に置いてあったAEDを走って取りに行き、電気ショックを行いました。救急隊が着いた直後に呼吸と心臓の動きが戻り、複数人での役割分担が功を奏しました。
7-4. 意識を失った女性を家族が救命した事例
自宅で倒れた60代の女性が、家族の素早い判断で助かった事例です。女性が廊下で倒れ、いびきのような音を立てているのを家族が見つけました。119番通報のとき、いつもと違う呼吸だと気づき、「心臓が止まっているかもしれない」と判断しました。家族がすぐに胸骨圧迫を始めたところ、救急車で運ばれる途中に呼吸と心臓の動きが戻りました。普段との違いに気づき、迷わず動いたことが命を救いました。
7-5. 母親が子どもの心肺蘇生に成功した事例
浴室でおぼれた子どもが、母親の心肺蘇生で助かった事例です。父親が浴室で子どもが湯に沈んでいるのを見つけ、母親がすぐに胸骨圧迫と人工呼吸を始めました。救急隊が向かう途中に呼吸が戻り、家族の落ち着いた行動が小さな命を救いました。
まとめ
バイスタンダーは、救急隊が到着するまでの空白の時間に、救命の可能性を高められる重要な存在です。バイスタンダーになったとき、やるべきことは落ち着いて119番に通報することと、必要に応じて胸骨圧迫やAEDによる一次救命処置を行うことです。善意での応急手当は、悪意や重大な過失がない限り法的責任を問われないと考えられているので、ためらわずに動きましょう。
一方で、救命処置に関わった後に強い精神的ストレスを感じることもあります。つらさを感じたときは一人で抱え込まず、消防やNPOの相談窓口、信頼できる人や専門家に相談しましょう。
誰もが突然バイスタンダーになりうるからこそ、平常時からの準備と心構えが、自分や大切な人の命を守る力になります。


